雑記

勝敗をかけた戦い「8時間耐久 三輪車レース」

大学時代の祭典「芸大祭」芸大生がつくるお祭りなので普通ではありません。こんなことにも手を抜かず、必死になって面白可笑しく頑張るなんて傍から見ていたら笑えます。

芸術系の人間は発想という武器を使ってデザインやものづくりなど創作活動をします。大きくザックリ言えば世の中を創っていく人たちです。そんな人が作り出すお祭りとはどんなものなのでしょうか?その一端をお伝えできればと思います。

芸術系の大学でもそれぞれに校風があり大学祭のあり方も個性があります。私たちが通っていた大学も他大学と例にもれず、構内にたくさんの模擬店が立ち並び、工夫をこらしたエベントと伴にとても盛り上がります。私が通っていた時代は、まだ規制が少なくかなり自由な雰囲気の中で実施していました。

今では許されないようなことも。。。(笑)
知る人ぞ知るアウシュビッツ収容所というものありましたね。

プロフィールにも書いたように、芸大祭への力の入れようは半端ありませんでした。

専攻ごと、クラブ単位でたくさんの模擬店が出店されます。その見せづくりに大変懲るわけですが、創意工夫、アイデアで勝負して、できるだけ制作コストを下げて楽しむことを重視していました。

そこで大学の伝統となっている廃材とり合戦。運命の明暗をかけて戦います。これは、もう既に大学祭が終わった大学に行き、廃材となり処分するはずの木材(ベニヤ板や角材など)をもらってきて、それを分配する戦いです。

廃材と言っても私たちにすれば宝の山です。他大学で出た廃材は、なんと綺麗なことか!釘を打った穴が空いていたり、一部ペンキが塗られていたりしますが、ほぼ原型を留めています。それを2tトラック数台で運び、グランドに山積みにします。

その山積みになった廃材を中心に円を描くように廃材を欲しているギラギラした学生が囲み、スタート!の号令を待ちます。

お金のない学生にとっては、この無料で手に入る機会を利用して、できる限り良い材料を大量に仕入れたいのです。それこそ殺気立つというか、みんな目の色が変わります。笑

そして、号令とともに棒倒しのように一斉に数十人が宝の山がある中心部にたかり、周囲の自分の陣地に廃材を引き出します。その凄まじいこと!よく怪我人が出なかったものです。

このことに限らず「危ないから辞めなさい!」と頭の良い人は言いますが、実際危険なことほど怪我しなかったりするんですよね。で、なんでもないような所で不注意により怪我をしたりする。危険と隣合わせだからこそ楽しいと思います。

話は逸れましたが、私たちはモノづくりが得意なので、その新品同様の廃材を工夫して蘇らせます。

その一つが芸大祭を盛り上げるためのデコレーションです。会場全体をその年のテーマに併せて演出し、参加者をあっ!と驚かせる仕掛けです。

私は2回生の時にデコレーションセクトのセクト長をやりました。経緯は忘れたのですが、「トンネルを抜ければそこは〇〇だった」みたいな世界を作りたくて、入り口にトンネルを作り、そこを抜けると恐竜が暴れてピロティーを破壊してる設定でかなり大掛かりな作業をやりました。この恐竜は全長10mほどあったと思います。デコレーションセクト員は10名程だったと思いますが、みんな夜な夜な徹夜をして作り上げた記憶があります。

この展示やイベント企画を見た京都の某有名温泉宿の支配人が宿のイベント企画を頼みたいと依頼もあったくらいです。

 

また、芸大祭イベントの一つとして8時間耐久 三輪車レースが行われました。コースは大学構内を利用しての周回コース。そこを8時間かけて4人のライダーが交代で走り続け、ゴールした時の距離で勝敗を競うレースです。

こんなことでも芸大生は必死になります!笑

私たちは出場することを早々に決め、出場するからには優勝する!を掲げて取り組みました。

エントリーチームはそれぞれ個性的な三輪車を工夫してつくりました。私たちのチームは8時間走り続けることを考えると耐久性が必要だと考えました。そして、私たちのチームには、彫刻科のメンバーがいました。彫刻科では鉄を素材として作品をつくることが多いので溶接はお手の物です。そのメンバーがママチャリ2台をぶった切り、溶接をして、どんな乗り方にも絶えられる頑丈な構造の三輪車をつくりました。大人が力を入れて漕いでも絶対壊れない強度を持っていて、しかも下りはノーブレーキでコーナーリングできる性能を持っていました。乗りこなすためのスキルは必要でしたが、それをクリアできればかなりポテンシャルの高い三輪車に仕上がりました。

2番目走行の赤い三輪車が我々のチーム

レース当日は、私たちのチームとポールポジションを取ったチームの一騎打ちになりました。

彼らのチームはスピード重視の車体でした。ウィークポイントとしては、耐久性にかけること、車体の剛性が弱いためコーナーが安定せずスピードが出せないことでした。

対して私たちのチームは耐久性に優れコーナーリングも安定していましたが、トップスピードに伸びがありませんでした。

スタート直後から我々の感はあたり、彼らの三輪車は故障しました。その間、順調にラップを重ね、私たちはリードしました。その後、修理を終えた彼らは猛追撃をかけてきました。接戦になりましたが、またもや故障。私たちは安定して距離を稼ぎました。

レースも終盤にさしかかり、私たちはリードをしていました。残り1時間を切った頃、彼らのチームは三輪車を修理していました。ですが、修理後の追従が素晴らしかったのを覚えています。

そして、8時間が経ち、迎えたゴール!

結果は。。。

 

優勝か2位どちらかでした。ゴール直前の接戦で最後どうなったか忘れました。ここまで読んで頂いたのにスミマセン!(笑)

大会運営側はイベント企画段階では、三輪車というと子供が乗る小さなものを想定していたようですが、実際には自作で本格的な三輪車のエントリーになったので驚いていたようです。あまりに白熱し、レベルが高かったために次年度は安全性を考え、子供が乗る正真正銘の三輪車にレギュレーション変更されました。笑

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  • この記事を書いた人

Kawamura Hiromitsu

「教育」21年間公務員として教鞭をとる→「モナコ滞在」にて映画のような日常を知る→起業し事業を営むかたわら社会貢献活動にも力を入れている。モナコをはじめヨーロッパと日本を行き来する生活を送り人生を愉しんでいる。

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