Profile

History

Kawamura Hiromitsu

1971年生まれ。京都生まれ京都育ち。京都市立芸術大学 美術学部を卒業後、父の会社である呉服製造業に携わる。その傍ら染色作家として「日展」などに出品、作家活動をしていた。呉服製造業には3年間従事しましたが、大学時代の恩師からのちに勤めることになる伝統ある美術高校教員を勧められ、教員生活を始めることになる。
その後21年間勤め「自分の人生は自分で切り開こう」と決意し辞職。辞職後モナコへ移住し、世界で活躍する富裕層の考え方や世界に触れ「映画は現実の模倣である」そんな数々の現実を目の当たりにした。様々な経験を経て人生のスタート地点に立ったと実感。
現在は京都を拠点に事業を展開しながら「自分の意志で切りひらく人生」をテーマとして人生を変えたいと願ってる人を後押しすることに力を注いでいる。

21年間の教師生活を辞めた理由

勤めていたのは公立美術専門高校でしたので公務員です。また、たくさんの芸術家、作家を育てた伝統ある学校でもありました。
年齢とともに給料はあがり、役職もたくさん持ち順調ではありました。ですが、これからの残りの自分の人生を考えると金銭的にも自分の行動範囲にも限界を感じ、自分の将来の姿がありありと観えてしまったのです。
もっと広い世界を見たい!自分のステージを上げたい!自分の人生こんなもので終われない!と公務員という安定した立場を捨て独立する決意し、2017年3月に退職しました。

モナコへ

まず決めたことは、モナコに移り住んで世界の富裕層の世界や考え方を学ぶことでした。ラグジュアリーとは何なのか、それを理解し身に纏うことでその後の人生は大きく変化するだろうと考えました。
実際に飛び込んだその世界は、あまりに美しく、そして壮絶でした。今まで培ってきた自分の力では全く何も通用しない世界で、まさに「できない自分にしか出会わない」状況でした。生きている世界、考え方や行動が全く日本のそれとは桁違いでした。しかし、頑張ると決めた以上、自分の未来のために上だけを見て行動し続けました。
その経験を経た今、通常の生き方では辿り着くことができない「思考」と「仲間とつくる景色」を手に入れました。

日本とモナコを行き来する日常

モナコでの半年の滞在を終えてからは一旦日本に帰国し、自分の事業を軌道にのせるために奔走しました。そして時間を見つけてはモナコで行われる世界最高峰の「薔薇の舞踏会」楽しむことが人道支援に繋がる「アミチエ・ガラパーティー」ユーラシア大陸を平和で一つにする「モナコ・ロシアピースラリー」などに参加するなど、日本とモナコ・ヨーロッパを行き来する日常を送っています。

ビジネス

「自分の意志で切りひらく人生」だからこそ、時間とお金を自分の裁量で使えるライフスタイルが必要です。そのためには、独自の収入源の確保と時間を自分でコントロールできることが必要です。

そして、それを実現するための人としての「考え方」が最も重要だとわたしは考えています。


これらの「考え方」をもとに、現在の階段下の狭小スペースで出来るとても効率の良いビジネスモデルの構築や紅葉で有名な京都東福寺のたもとで食パン専門店「ぱんなり。」を経営しながら、人生を愉しむ仲間を増やそうと動いています。

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